第16回  ブライトリングナビタイマー

1913年ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功してから25年後、世界初の旅客機ダグラスDC―3が飛行に成功し、現代の民間航空事業が本格的にスタートしました。しかしながら、当時は支援技術も未熟であり、現在よりもはるかに人間にも機体にも負荷が大きく、飛行すること自体が危険な行為でした。
この当事、パイロット達は、アメリカ海軍ウィームス大佐が考案した、円盤型のフライト用計算尺を使用していました。これを膝の上に置き、クロノグラフと併用しながら飛行データを計算し、空を飛んでいたのです。
航空機時計の専門メーカーであったブライトリングはこの回転式計算尺を腕時計そのものに組み込んでしまうという、今までの時計業界の常識ではありえない発想をしたのです。これが1942年に登場した対数目盛付の回転尺を持つ「クロノマット」でした。それまでの腕時計は、単に時刻を標示するか、単純なクロノグラフしかなかったのです。「クロノマット」の登場により、腕時計は「計算する」という新しい機能を獲得しました。その「クロノマット」より10年後、ブライトリングの技術の粋を集めた名作「ナビタイマー」が完成しました。文字盤と回転尺に複数の目盛を持つことで、燃料消費量速度の計算、1分当りの飛行距離、平均上昇・下降速度、上昇・下降距離、掛け算、割り算などの、飛行に欠かすことのできない航空計算がすべて行えるという、超多機能を誇りました。「ナビタイマー」とは航空を意味するナビゲーションと時間計測を意味するタイマーを組み合わせた造語です。
この時計はまさしくその名の通り、パイロットのために誕生した時計でした。この「ナビタイマー」が誕生した1952年は、奇しくも世界初の民間ジェット旅客機が定期飛行を開始した年で、本格的なジェット機時代が到来したときでした。「ナビタイマー」は多くのパイロットを魅了し、航空時計の代名詞となりました。もちろん現在の航空機は計器が全てデジタル化され、最新のものはGPSにより瞬時に現在位置や、速度などが判るようになっており、回転計算尺のでる幕はまったくありません。それでも多くのパイロットが「ナビタイマー」を選ぶのはなぜなのでしょうか?
実は、パイロット達は「予期せぬトラブルが発生した場合、最後に頼れるのは最も単純なアナログ」と考えているからです。最新鋭の旅客機では、何重にも安全装置が組み込まれていますが、複雑なシステムはちょっとしたことで、全てが動かなくなってしまう可能性があります。もし電気的なトラブルで、全ての計器が作動しなくなってしまったら頼れる計器は「ナビタイマー」だけです。そして「ナビタイマー」は今ほど技術が進歩していなかった時から、航法時計としてりっぱに役目を果たし、信頼を得てきました。そしてその信頼性ゆえ、世界的なパイロット協会AOPAの公認時計となっています。
「ナビタイマー」はファーストモデル誕生以来常に進化を続け、60年代にはベゼルの刻みが大きくなって操作性が向上し、インダイアルの目盛も簡略化されて視認性に優れるデザインになりました。85年にはムーブメントを一新して「オールドナビタイマー」が復活、95年には初代クロノマットを彷彿とさせる「モンブリラン」がラインナップに加わりました。また、最近ではセミパーペチュアルカレンダーを搭載した「モンブリラン・オリンパス」やフライバック機構を備えた「コスモノート・フライバック」など、複雑技術とクラシックなデザインを融合させた新モデルが次々と発表されています。